2010年12月27日

帰宅〜出発

◆旅は夏に

 大学に入ったときの計画では、2年生の夏休み(2007年夏)に東日本を周る、2年生の終わりの春休み(2008年冬〜春)に西日本を周る予定だった。しかし、2年生の夏にはまだ資金も十分ではなかったし、アルバイトもやっと仕事に慣れてきて色々なことができるようになっていたところ・・・、そこで辞めて旅に出ようとは思わなかった。まぁどこかで時間が作れるだろう、そんな感じで考えていた。

 2008年に東日本を旅して思ったことは、西日本も夏に旅すべきだということだ。理由の一つ目は気候の問題。いくら九州とはいえ2月3月は寒いに決まってる。山間部では雪が降るかもしれない。少しの間なら我慢もできるけど、朝から晩までしかもそれを毎日繰り返すのだ。果たしてそんな旅をして楽しいかな? 一方、夏は暑く少し歩いただけで倒れそうになっちゃう。だけど、バイクで走り出してしまえば実に気持ちがいい。潮風を受けながら海岸線を颯爽と走り抜ける・・・、なんてのは夏だけで冬ならば拷問に近い。
 
 理由はもう一つある。それは人との出会いの大切さ。旅に出る前は、旅先でこんなに多くの人と触れ合う機会があるとは思っていなかった。まぁ旅人宿に泊まりながらだったので、相手も旅人が多かったんだけど、冬になると旅をする人も減ってくると思う。特にライダーやチャリダーは夏のほうが圧倒的に多いだろう。

 そんなわけで、西日本も夏に旅をしたい。でももう東日本を旅した時点で3年生。時間はあるのか?そんな僕を待ち受けていたのは・・・


◆留年&休学

 待ち受けていたっていうよりはある程度予想できてたんだけど・・・。3年生から4年生への進級の段階(2009年3月)で単位の判定がある。単位数自体が足りていないわけではないのだけど、「必修科目」という厄介者のせいで留年が決定してしまった。ただ少し言い訳させてもらうと、うちの学科というより学部では、留年はそんなに珍しいことではない。毎年1/4〜1/3くらいの人が留年してしまう。全国の大学の平均では、規定年数で卒業できるの人が約85%ほどらしいので異常な状態だ。でもここでは昔からずっとそんな感じらしく特に騒がれてもいない。

 もう一つ異常なのが、大学院への進学率。大学院なんてのは、勉強がものすごくできる人が行くものだと思っていた、というか世間一般的にはそうだろう。しかしここでは約半数の人が大学院に進学する。景気が悪いからとかそういうのじゃない。リーマンショック前からこんな感じだった。1/2が大学院へ進学し、1/4が留年をする。ここでは4年以上大学に行くのがマジョリティーで、4年で卒業するのがマイノリティー。こんなところにいると、「世間一般」というのが通用せず頭がおかしくなりそうだ。

 さて、足を引っ張っている厄介者の必修科目は数学だ。学部は理系だけど僕は理系ではない、っというのは大学に入ってから気がついた。高校時代の数学は(得意じゃないし成績もよくなかったけど)頑張れば何とかなる感じだった。物理も好きだったし。それが大学レベルではぜんぜん違う。何というか趣味の世界って感じかな。物理にもベクトルとか積分とかっていう数学的な要素が絡んできてもうさっぱり。
 
 ただ、単位の取れていない必修科目は前期(4月〜9月)にしかない。つまり、次の年(2009年)の前期に単位をとってしまえば、10月に進級できる。でもそれって何だか中途半端だし、ほかの分野で勉強してみたいこともあったので後期は休学することに決めた。そして、西日本も夏に周る時間ができた。
 

◆旅の準備

 準備って言っても一度やっているのでたいしたことはない。普段つけているGIVIのボックスをはずし、スノコキャリアをつける。寝袋を乗せるかっこ悪い手作りキャリアも装着した。装備も減らしたものはあるけれど基本的には去年と大して変わらない。

 ただ今回は、電子機器が二つ追加された。一つ目はデジタル一眼レフカメラ。前から持っていたんだけど、東日本の時は荷物になるだろうからコンパクトデジカメしか持って行かなかった。しかし、きれいな景色がたくさんあって、一眼をおいてきたこと悔やんだ。というわけで今回はちゃんと持っていこう。二つ目は電子辞書。これは日光で僕以外全員外国人だった、という経験から持っていると役に立つことがあるかもしれないと思ったからだ。

 勉強の方も単位をとらなければいけないから、4月から試験対策をはじめた。結果は無事単位をとれました。休学届も提出完了。いよいよ出発だ!!



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2010年12月29日

8/9 36日目 「再びスタート」

◆出発

 いよいよ西日本への出発だ。目指すは九州の南端、佐多岬。

 今日の目的地は京都の宇多野YH。どこを通っていくか考えよう。
浜松から下道で京都に向かうには、国一で豊明まで行って23号に入り四日市市街を抜けたところで国一に戻るのが一般的だろう。でも23号線というのは某所で「名四アウトバーン」と呼ばれてるような道だ。とある自動車学校では「教習では名四国道は使用しませんからご安心下さい」などと書いてあったりする。とにかく走っていて生きた心地がしない。加えて今日は三重県は雨の予報。というわけで、名古屋を抜けるまで国一を走り、そこから関ヶ原を通って、8号線を通るルートを行くことにする。なんだかかなり遠回りをするような気がするけど距離的には15kmも差はない。

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 さぁ出発!!
 これだけ荷物を積むとバイクの挙動も変わってくる。重心が高くなってちょっと怖い。加えてブレーキも効きにくい。慣れるのには少し時間がかかりそうだ。今回は浜名湖の北側を通り愛知県へと入る。カーブをいくつも曲がりながら体を慣らしていく。


◆愛知県

 無料開放された本坂トンネルを抜け愛知県に入った。愛知の運転は危険ってことで有名?確かにウインカーを出さずに曲がってくる車(しかも右折)とかよく見かける。ただ、原付でトロトロ走るには結構よかったりする。なぜかというとうまく追い越してくれるからだ。あくまで僕の主観だけどちょっとこのあたりのナンバー別に原付の追い越しの特徴を挙げてみる。

@静岡ナンバー
 車間をつめてきてスレスレのところを強引に追い越していく。原付から見ると一番怖い。
A浜松ナンバー
 程々の車間をとって追い越すタイミングをずっと待ってる感じ。原付から見ると精神的につらい。
B三河・豊橋ナンバー
 対向車のいない一瞬の隙をついて急加速して大回りで追い越していく。たとえセンターラインがオレンジ色であっても・・・。原付から見るとありがたい。

 
 国府のあたりで国一と合流する。このあたりから岡崎市街の手前までは愛知県の国一ではもっともスピードの出る区間だろう。といっても交通量が多目なのでそこまで速くはないけど。

 岡崎から先は信号、交通量共に増えノロノロ運転。荷物がなかったらすり抜けしていくところだけど、今日はおとなしくしておこう。そんな交通量の多さも豊明まで。ほとんどの車が23号線へと入っていき、1号は一気にローカルな国道になる。

 そんな道を少し走ると桶狭間。全国的に有名な地名だけど、今はフツーの住宅地って感じがする。ただ今でも馬は近くで走ってるけど・・・中京競馬場。どうでもいいけど競馬が終わる時間に名鉄に乗ると臨時停車はするし、混むし、遅れるしでいいことがない。名古屋の中心部に徐々に車も増えていき、名古屋高速の高架下に入るといよいよ都会って感じになってきた。


◆名古屋走り
 
 なんか運転マナーのこと書いてばっかりだな・・・。名古屋市内に入ると車線がどんどん増える。確かに、車線をまたいで走りたい気持ちもわかるような気がする。店から出てきた車が一気に一番右の車線まで移動して右折して行った。おぉこれが名古屋走りかぁーなんて感心してたけど曲がりたいところで曲がるにはこうするしかないし、仕方がないのかな。

 でも名古屋ナンバーの車よりも不審な動きをする宮城ナンバーの車のほうが怖かった。ハザードを出したまま低速で右の二つの車線を行ったりきたり。近づかないようにしたいけど信号にかかるたびに横に並ぶ。どこかで曲がっていったので一安心。

 たくさんあった車線も減っていき、庄内川を越えるあたりで2車線になる。コンビニに入りちょっと休憩する。


◆輪中地帯

 弥富のあたりで国一とはお別れ。また京都の手前で会いましょう。

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 道の駅「立田ふれあいの里」によってスタンプブックにスタンプを押す。中部の道の駅を全部集められればいいなと思っていたけどもう諦めた。岐阜に50個ぐらいあるしね。だけど通り道にあるところは記念に押していこう。

 道の駅をでると木曽、長良、揖斐の三つの川を渡る。橋のすぐ南側で長良と揖斐が合流する。小学校か中学校で習う輪中地帯だ。今でこそしっかりとした堤防がついてるけど昔は大変だったんだろうな。

 川を渡ると今度は北上する。途中道の駅「月見の里南濃」でまたスタンプ。ちょうどお昼時で人がいっぱいだ。たいしてお腹もすいていないので何も食べずに進む。

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 ちょうど濃尾平野の西の端を走っている。左には養老の山々、右は見渡す限りの平野といった感じだ。ヘルメットに組み込んだスピーカーでラジオを聴いているけど、名古屋のZIP−FMの入りもいい。

 北上を続け関ヶ原へ出た。ここからは中山道だ。すぐに滋賀県に入る。


◆降ったり止んだり 進んだり止まったり
 
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 「米原って市になったんだ」って通るたびに(電車や新幹線ではよく通る)思ってるような気がする。東京以西の人には新幹線が雪で遅れるところとして知名度は高いだろう。そんな滋賀県で唯一新幹線の駅のある米原も平成の大合併までは町だった。山口県の「のぞみ」も止まる小郡駅も市ではなく町だった。今は駅は新山口駅になり小郡町も山口市に吸収されたけど・・・。ちなみに広島県には府中市と府中町があるけど、府中町のほうが人口が多い。

 滋賀に入るとZIP−FMが入らなくなった。8号線に合流。彦根あたりで給油する。琵琶湖のほとりを行くのもいいかなと考えていたんだけど、ツーリングマップルに夏期渋滞と書いてあったので避けよう。といっても8号線も急速にベッドタウン化の進む滋賀の街をいくつも通過する。街に入ると渋滞する。でも街を抜けると田園風景が広がっていたり。

 給油をしたあたりから少し雨が降ってきた。レインコートを着るほどではないかなと思っていたらすぐに止んだ。しばらくするとまた降ってきた。今度は先ほどより強く止まる機会があればレインコートを着ようと思っていたらまたすぐに止む。天気予報によると夜には本降りになるそうだ。それまでに宿にたどり着ければいいけど・・・。

 南下していくにつれ野洲市、栗東市、守山市、草津市、大津市とどんどん人口が増えていく。とともに車もどんどん増えていく。京都までずっとこんな感じだろうから仕方なくすり抜けていくことにする。地元民の高速すり抜けにはついていけないので後ろからバイクが来たら右によって譲る。大津から峠を越えると山科だ。


◆上洛

 京都は盆地だから入るには山を越えていかなければいけない。山の中の山道はマイペースで走れるからいいけど、市街地近くの山道は嫌いだ。京都ぐらいの街になると道路もしっかり整備されている。となると、当然みんな飛ばす。こっちは上り坂は登らないし、下り坂はブレーキが利きにくく飛ばしたくない。怖い思いをしながら京都の街に入った。頭のいい某大学の横を通っていく。

 宿の近くのコンビニの前を通過。実は今日の宿は一度泊まったことがあり、ここが一番近いコンビニだということも知っている。だから寄って何かを買ってから行こうかと思ったけど、とりあえず一度宿に行って荷物を置いてからにしようと思った。ここで寄っておけばよかったのに・・・。

 宿に着いて荷物を降ろしたり、ベットのセッティングをしていたら雨が本降りになってきた。でも食べるものは買いに行かなきゃ行けない。雨が強いのでバイクはやめて歩いていくことにした。歩道がないし歩くと地味に距離がある。帰ってきたときはびしょぬれだった。

 ここは部屋はドミトリーだけど廊下に出れば中庭がみえ、ちょっとした高級旅館のような雰囲気がある。夜は話が盛り上がり、結局寝たのは午前1時を過ぎていた。明日もこのまま雨だろうなぁ・・・

本日のルート

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2010年12月30日

8/10 37日目 「つらい1日」

◆兵庫は洪水災害

 朝起きると雨はやんでいるが、いつ降ってきてもおかしくない空模様。テレビのニュースによると兵庫県西部の佐用町では洪水災害でかなりの被害が出ている模様。通り道となる姫路や相生のでは被害は出ていないようだが、こんな状況の中進んで大丈夫だろうか。

 いつもなら移動はやめて、連泊してのんびりするところだろう。ただ今日はそれはできない。まず、今夜は宿は空きがないそうだ。この時期の京都だし、まぁ当然といえば当然。加えて明日夕方から尾道で同窓会があるから、今日のうちに少しでも進んでおきたい。

 今は雨が止んでいるのでとにかく進めるところまで進もう。


◆京都脱出

 選んだ西へ向かうルートは、9号線で亀岡に行き、そこから372号線で姫路へ抜ける。この道も例のように京都から出るには山を越えなければいけない。そして交通量も多い。とにかく山を越えるまでは雨が止んでいてくれれば・・・。

 山を登っていると雨が降り出した。まだ弱め、もう少し待ってくれぇ・・・。無事小雨のうちに山を越えた。ただ亀岡に入ると本降りに。道の駅があるみたいなのでちょっと休もうと思い迷いながら何とかたどり着いた。

 道の駅「ガレリアかめおか」。建物がとにかく大きい。というより、建物があったところに道の駅がオマケでくっついた感じかな。情報コーナーで天気を調べるけどしばらく止みそうにない。ただ午後になれば天気は回復するようだ。このままじっとしているのも暇だし、ここから先は交通量も減るだろうからゆっくり進むことにしよう。

 そういえば以前電車でこのあたりを通った時、左右の風景の差に驚いた。線路の南側は住宅が密集していて、またビルなんかもある市街地。なのに線路に北側は建物はほとんど見えず田畑が広がっている。線路があれば踏切があるところしか渡れず、人の動きがある程度制限される。同じ100メートルでも間に何もない100メートルと、線路を越える100メートルは精神的にも違うだろう。だから線路をはさんで街の感じが変わってくるのは納得できるけど、ここまではっきりと差が出ているところも珍しいだろう。googleマップで亀岡あたりの航空写真をみるとよく分かる。

 372号線に入って先へと進む。雨は弱まる気配がない。後ろから車が来ると端によって完全に止まった状態で道を譲る。


◆天気回復

 道の端に東屋があったので休憩する。空が明るくなってきた。ケータイで雨雲レーダーを調べるとまもなく雨は止みそうだ。その後もう一度1時間くらい降るようだけど、そのころには姫路についているだろうからファミレスかなにかに逃げればいい。

 ところどころ晴れ間も見えるようになってきた。社の街辺りまで来ると道路も乾いていたりする。このあたりは早い時間に雨が上がっていたのかもしれない。

 前を走る車が不審な動きをしている。型落ち高級セダンの車高を下げて空気抵抗を高めるエアロパーツをつけた類の車だ。不審な動きをしている理由が分かった。マンホールを避けているのだ。エアロパーツを擦っちゃうからね。乗ってる本人は見た目でほかの人を威圧して楽しんでるのかもしれないけど、そんなことして何が楽しいんだろう。ちなみにホンモノの人はこんな下品な車には乗っていない。そもそも車なんかで威圧する必要もないしね。


◆姫路

 姫路市街に入り、コンビニ「ポプラ」を見つけたのでそこで休憩。ポプラは広島生まれのコンビニで、首都圏にはあるのに東海地方にはない。おにぎりを買って雨が降ってきたので軒下で食べながら今後のことを考える。一気に尾道の実家まで戻ってもいいけど、夜遅くなるだろう。それに今日はもう何だか疲れた。というわけで倉敷で一泊することに決定。

 某カーディーラーの整備の方が声をかけてくれた。ちょうど宿を探しているときで、YHなどの相部屋形式の宿の話をすると、かなり興味をもたれたようだ。この方としばらく雑談したり、宿に電話をしたりしていると雨が止んだ。レーダーを見るともう強く降ることはないだろう。本日の宿倉敷YHへ向けて出発。

 姫路市街は国道2号線が一通になっている。2号線は東行きの一通なので西に行くにはほかの道を通らなければいけない。街外れで2号線に合流。

 相生の手前で自動車専用の2号線バイパスと合流する。ここからは最悪。路面に水が残っており水しぶきが飛んでくる。晴れてるのに・・・。相生を過ぎると山へ入る。


◆山間高速区間

 兵庫岡山県境あたりの道は怖かった。もう二度と通りたくはない。まず大型車が多い。流石は2号線だ。遅い原付がいても大型車は普通車のように簡単に抜くことはできない。大型ドライバーも原付ライダーも共にいやな思いをしなければいけない。そして山道なのに80km/h位で流れている。もちろんこのバイクだって度胸があれば80km/hで走ることはできる(登りはキツイかも)。でも僕には怖い。ディスクブレーキがついてたって、テレスコピックだからって基本的にはカブだ。60km/h位で走っているのがちょうどいい。とにかく広いところを見つけては道を譲りながら進む。こりゃ岡山に着くのはいつになることやら・・・。

 雨は止んだけどレインコートを乾かすために着たまま走っていた。山道を抜け渋滞気味になったところで路肩に駐車スペースがあったのでそこに止まってレインコートを脱ぐ。日も照ってきてもうすっかり乾いている。

 道路は相変わらず渋滞中。軽自動車の前に入れてもらって本線へと戻る。ミラーで後ろを見ると軽自動車のドライバーが何か言いたいことがあるようだ。無理に割り込んだつもりはないんだけど・・・。前が詰まったのでセンターライン側によって止まると横に軽自動車が並んだ。怒られるのかな・・・。

 と思ったけどドライバーのおじいさんはメチャクチャ笑顔だ。「浜松からこれで来たの?」「ハイそうです」「いやぁうちの近くに浜松からお嫁さんが来てね」。もっと後ろの車から見れば割り込みの言い争いのように見えたかもしれないけど、話してる本人たちはお互い笑顔だ。止まるたびに並んで話をする。川を渡ったところでおじいさんは曲がると言うので別れを告げる。

 2号線はバイパスになる。飛ばしたくないので街中を走る250号線で行く。ほとんどの車はバイパスへ行き渋滞は解消された。後は一箇所右折するだけで道なり行けば倉敷に着く。岡山の中心部に近づくとまた渋滞が激しくなったけど、もう急ぐこともない。


◆宿到着

 倉敷につくころには辺りはすっかり暗くなっていた。宿がどこにあるんだろうか。ナビを頼りに進むと山を登り始めた。山と言っても市街地にある小さな山。宿はその山頂上近くにあった。食堂でテレビを見たり雑談したり。同じ部屋にはライダーさんがあと二人。バイクの人は意図的に同じ部屋にしているとのことだ。

 すぐ下が市街地なので夜景がきれいだ。朝7時までならバイクで美観地区に入れるそうなので明日は早起きして行ってみよう。

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雨で電源を切っていたので本日のルートは記録がありません
 
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2010年12月31日

8/11 38日目 「実家着」

◆バイクでめぐる美観地区

 倉敷の観光地である美観地区。川沿いに白壁の家が立ち並ぶ美しい町並みだ。朝7時〜翌朝4時までは歩行者専用になる。と言うことは4時〜7時の間ならバイクで入っていってもいいことになる。そのため今日は少し早起きして出かけてみることにした。

 同じ部屋だったライダーさんの1人はもう外で出発の準備をしている。早い時間から動くと時間を有効に使える。だから僕もそうしたいけど・・・、いつも朝はゆっくりして9時くらいにやっと出発する。今日も一旦出かけて帰って朝食を食べてそれから支度をして出発する予定だ。

 昨日は真っ暗で何も分からなかったけど山の斜面に墓が多いことに気づく。昨日とは違う道で山を下る。

 美観地区到着。乗ったまま観光する。和の建物だけでなく、ところどころに洋の建物もある。
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 7時になったので宿に戻る。


◆地震!!

 朝食は宿で頼んでいるので食堂に行く。できるまでテレビでも観て待とうと思いスイッチを入れると「静岡で震度6弱」というニュースを見ていてびっくり!!浜松市中区は震度4だそうだ。家で寝ていたらきっと怖かっただろう。静岡の人には申し訳ないけど、僕個人としては運がいいと思った。そして、もう東海地震の恐怖に怯える必要は無いのかとちょっと期待したけど、どうやら東海地震とはまったく別物のようだ。

 地震の規模の割りに被害は小さかったと言ってもいいのではなかろうか。耐震補強など至る所で行われているけど、十分とはいえない。しかし、地震に対する人の意識に関しては、静岡の人は地震は近いうちに絶対に発生すると考えている人がほとんどだ。中には諦めムードの人もいるけど・・・。耐震補強などの物的な対策はお金も時間もかかるけど、地震を意識し、少しの工夫をすることなら今からでもできる。例えば、僕は大学の授業のとき、座る席を決めるのに天上を見る。テレビやプロジェクターなど落っこちてきそうなものの下には座らない。どうしてもそういうものの下に座らなければならないときは、どう身を隠すか考える。ちょっとしたことだけど、これが生きるか死ぬかの境界線になるかも知れない。地震の来る確率が低い地域でも、それは確率が低いだけであって明日地震がおきるかもしれない。ぜひとも地震というものを頭の片隅に置いておいてください。


◆海沿いを行く

 同じ部屋だったもう一人のライダーさんは東京の方だけど自称広島マニア。広島には何度も行き、今日も尾道でラーメンを食べてから色々周るそうだ。某有名店のことは知らないそうなので教えてあげた(もちろんかなり並ぶことも)。この方は2号線のバイパスでサーッと進むそうだ。僕は海沿いに行く。

 記念写真を撮ってもらい出発。倉敷駅前を通り、429号線へ。玉島から海沿いの県道へと入る。水島の工業地帯が見える。

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 のんびりとした海沿いの道を進む。2号線よりも遠回りだけど、2号線は渋滞するのでこちらのほうが早いかもしれない。ただ車で通るには狭いけど。

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 神島へと渡る。もともと島だったようだが埋め立てによって本州の一部になった。ついでなのでぐるっと島を回ってから行こう。神島八十八箇所霊場というのがあってそのためか弘法大師の像が建っていた。

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 いつの間にか干拓地の中に2号線のバイパスができていた。と言っても端がどちらも2号線とは直接つながっておらず、今のところは利用価値は低いだろう。製鉄所を横に見ながら福山市街に入る。ここまでくればもう土地勘がある。福山市街に墓があるので、お盆も近いことだし墓参りをする。荷物満載の汚らしいバイクで寺に入っていくのは少し恥ずかしかった。


◆実家到着

 福山〜尾道の2号線のバイパスは途中から自専道路になる。しかも境界のインターは旧道とは離れたところにあるので初めからバイパスには入らず旧道で進む。

 急速に開発が進む東尾道をぬけると造船所が見え始め、いよいよ尾道だ。尾道大橋の手前で正面に見える海と市街地の景色はいつ見ても美しい(特に夕方)。某有名ラーメン屋の前を通ってみたけど・・・、ものすごい行列。おそらく1時間以上は待つだろう。まぁいつもの休日の光景だけど。ちなみに平日の3時過ぎぐらいに行くと(麺が残っていれば)待たずに食べられるはず。

 そして無事実家に到着。家族は今夜まで旅行に行っているので誰もいない。冷蔵庫に入っていたスーパーで売ってる尾道ラーメンを作りエアコンの効いた涼しい部屋で食べる。待ち時間ほぼゼロ。同窓会の時間までのんびり過ごした。


本日のルート

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